「阿片戦争(下)天涯編」で、ひたすらため息
歴史の教科書からのほんの数十行でしか知らなかったことが、突然その時代を生きた人々の運命や喜怒哀楽で、大きくふくらみ、色や匂いをともなって目の前に現れる――それが歴史小説の魅力だ。
そして興味津々読み始めた陳舜臣の「阿片戦争」、最終巻では四方山観光気分が吹き飛ばされる戦争の惨禍が繰り広げられた。英国側にとっては、貿易の有利さだけを求めていた威嚇攻撃から、国の力を強烈に印象づける国家としての戦争に変化したことで、その攻撃は容赦なく、一般市民に襲いかかっていく。
正直なところ、軍艦と大砲同士でドンパチやっていた戦争だと思い込んでいたので、ここまで陸上戦で市民の犠牲が凄まじかったとはまったく分かっていなかった。
清朝側もまったく一枚岩とは言い難い百枚岩くらいのてんでバラバラな状態で、被害を自ら拡大してしまう。優れた軍人ほど英国の軍事力を認識しているため、最初から勝ち目のない戦で、勝ち負けではなく、いかに立派に負けるかにこだわって殉死し、何も現状を知らずに楽勝と決め込んでいたダメ軍人は、あっという間に逃亡して生き延びては、意外と悪くない戦後を迎えたりしているのが、何とも皮肉だ。
そんなわけで、個人の幸せなんてまったく顧みない、凄まじい歴史の濁流のうねりを存分に味わって、ため息をつきっぱなしなのに、とても満たされた読後感。
香港の誕生とそこに新しい活路を見いだそうとする人たちの姿も登場する。マカオで酒場を始めた荒くれ者のイギリス人は、香港でホテルをはじめるんだと張り切っていて、実在の人物なら今頃は大富豪になっているだろう。
お馴染みの場所絡みで言えば、SOHOに近い有名な石畳みの坂道、ポッティンガーストリートの名前の由来となった、香港の初代総督ポッティンガーが登場した。高潔な人物ではなく権謀術数の名人として描かれている。しかし、その交渉術で戦わずして目的を果たすことも多々あるわけだから、こういう人がいると、全体的に流れる血の量は少なくなるのかも。
先日、取材で香港最後の総督バッテンの好物として有名になったエッグタルトの泰昌餅店に行ったけれども、時代が違えば、同じ役職にあったイギリス人でも、まー何とものどかなことで記憶されるものです。
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阿片戦争 下 天涯編 講談社文庫 ち 1-3 著者:陳 舜臣 |
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