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2008年10月に作成された記事

ビートルズ以上に誰も好きになれなかった理由

Youtubeができてから、昔を振り返ることが増えた気がする。また見られるとは思わなかった、お宝映像が何でも見つかるから、時々、お互いの好きだった音楽やらドラマやらアニメやらを見せ合う「Youtube」合戦を旦那とする。結構それで気がついたら夜中の3時なんてことになっていたりもして、はまります。

面白かったのは「子供の頃、テレビで日本のアニメをやっていて、海の中の話で、少年が出てきて、冒険して...」という夫(イギリス人)の話に、「これは『海のトリトン』だろう」と決めつけてYoutubeで見せたら、「いや、これは違う」(夫)。結局、なんとそのアニメとは「海底少年マリン」(だっけ)だった。これは私、覚えてなかったなー。

と、そんな話はさておき、Youtubeで色々と昔の音楽を探して思い出に浸るうちに、長年解決できなかった疑問が一つ解けた。

小学校5年の頃、1年半位、私は異常なほどビートルズに熱中していた。

学校にいる間、音楽が聴けないのがもどかしくて、走って家に帰ってずっとカセットテープを聴いていた。部屋中にポスター貼って、読める本は何でも読んで。英語も分からないのに対訳カードで一生懸命歌われていることを理解しようとしていた。

こうして海外で暮らすようになったのも、思えばビートルズの音楽が成長期の大事な頃に自分の血となり肉となったことにつながっているはずだ。

もちろん当時、とっくの昔にビートルズは解散していた(といっても今思えば解散して10年しか経っていなくて、今よりずっと生々しかった。全員存命だったし)。「あと10年早く生まれれば、同時代で楽しめたのに」とまるで死人に恋してしまったように、嘆き悲しんでいたのだ。

全部のアルバムを確か最後からさかのぼって全部聞き込んで、さんざん聞いて、いつの日か、卒業した。しかしその頃は「ビートルズは卒業したけど、また誰かを同じくらい好きになって、充実した日々を送るんだわ」と信じていた。

しかし、それは結局起こらなかったのだ。

なぜだろう。もう二度と誰にも夢中になれないのかしら。この人だ、と思っても結局、何枚かアルバムを聴くと、離れて行ってしまう。

それはQueenになるんだろうな、とかなり期待していた。『オペラ座の夜』まではすごく良かったから。それなのに『華麗なるレース』だっけ、あれで「バーイシクル、バーイシクル」というあのフレーズを聴いた途端、なんじゃこりゃ、だめだ、とガラガラと何かが崩れていった。

今思えば笑えるくらい、真剣に悩んでいたのだ。「もう誰も愛せない」って。

結局、何年かして、諦めの境地に達した私は、まあ音楽以外に興味の対象が広がりすぎて、音楽が生活に占める割合がすっかり小さくなってしまった。

それなのに、うん十年経った最近、急に、なぜ私は、この世にいないグループをそんなに愛してしまい、それ以降、誰も愛せなくなったのか、その理由が閃いた。

それはビートルズが既にこの世にいなかったから。死人だったからなんだ。

(気がついたとき、実は寒気がしてしまった)

なぜなら、心あるミュージシャンであれば、必ず同じところに留まってはいられないから、変化する。「このアルバムは最高だ!!」という自分にとってものすごく相性のいいアルバムの後、1年や2年して次にリリースされるアルバムは、大抵、前のアルバムと全然テイストが違っている。

その頃はLP1枚買うのだってお金がないから大変なのに、虎の子をはたいて買ってきて、家についてさあっとかけてみたら、あれ、うそ、何、これ??? と戸惑い、それがやがて怒りに変わったりしてしまう。

もちろんそこで粘って、聞き込むうちに良さが分かってきたこともあるけど、遅かれ早かれ、関係が終わる時は来てしまう。「この人こそ運命の...」と思ったのに、心変わりしてしまう自分を止められない。

ビートルズだって、それはもう、ものすごい変化を遂げた。たった10年の中でまるでまったく別のミュージシャンのように変わった。ありとあらゆる実験を試みて、中には「うーん、これはちょっと(「レボリューションNo.9」とか)」とさすがの私もついていけない曲もあった。

でも裏切られた気分にはならなかったのだ。だって、もう終わっていて、「彼らはこのアルバムでこんな実験をして、その後、こんな風に変わっていき、こんな素晴らしい成果を上げて...」と歴史がもうそのとき、決定済みだったから。ものすごい変化を遂げた時さえも、「さあ来るぞ、すごいのが来るぞ」と待ち構えていることができた。それでも「これはすごい」と驚けるだけの、衝撃はあったのだけれども。

どこか安心できる環境の中で、自分のペースで(1枚を聞き込んだら次、と。生きているミュージシャンなら普通は何年に1枚しかレコード出さないのに)、ものすごい密度で、自分は年齢を重ねない同じ状態のまま、すべてを聞き込めた。もちろん中身が尋常ではない、最高のものだということが大きいのだけれども。

とにかく私にとって「なぜ、もういない人たちを?」という長年の謎が、「もういないからこそ」という形で解消したのは、青天の霹靂ともいえる驚きだった。

そして、なんだかつきものが落ちてしまって、もったいないことをした気もする。

ちなみに昨日、クイーンのグレイテストヒッツを聞いていて「バーイシクル、バーイシクル」を聞いたら、あら、まあ、なんだか面白い曲ではないですか。こんな内容だったんだ、とびっくり。まさにビートルズ的な実験をしてたんだ。それにしてもフレディの声のとんでもない素晴らしさに改めて驚く。彼が生きている間にもっと聞いて、同時代を生きることを楽しめばよかった。ついでにコンサートにも行っておくべきだった!! あそこで聞くのをやめてしまったことは大損害でした。はい。

最近見つけたおもしろいビデオ(ジョン&フレディ夢の共演!?)

http://www.youtube.com/watch?v=-A_GRuxXO_M

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若さの魅力―マライア・キャリーの巻

自分がすっかり熟女な年齢に達したせいもあるけれど、私が童顔であろうがなかろうが、今にして思えばものすご~く若い頃から「君も年を取ったね」「やっぱり女は若くなきゃ」のようなことを言いたがる人が周りに一定の割合でいた。

「ただ生物的に若いからいいってもんじゃない、人生経験を積んだ人間的な魅力が大事なんだ」と、常に思っていたし、実際その通りだと思って生きている。

それなのに最近、ある人に対してはすっかり矛盾する気持ちを捨てられない自分に気がついてしまった。

その人は、マライア・キャリー。彼女がデビューした時から確か4枚目位のアルバムまで、朝から晩まで彼女のCDを聞いたり、アンプラグドのビデオを見たりしていた。90年代の前半だ。ちょうど5年間誠心誠意、一生懸命働いていた会社と業種から離れて、まったく何のコネもなければ知識もない出版業界に転職しようともがいていたころだった。

周囲からは「なんて無謀な」「もったいない」色々言われたけれども、それよりも自分自身、「こんな無茶なこと、しちゃって本当にいいのかな」という迷いとの戦いだった。

そんな中で、曲作りに熱中し過ぎてお金がなくて靴も買えなかった、と自分のデビュー前の状況を”Make It Happen”で歌うマライアにとても励まされていた。あまり周囲の人に相談できる状況でもなく、何となくマライアが空想上の親友になっていたのかも。

その頃の彼女は、20歳になったかならないか位の若さで、ガリガリで、髪の毛は大爆発のカーリーヘア、服装は地味だけれどもなかなか趣味よく黒で決めていて、ものすごいシャイで、ろくにステージで話もできないからコンサートも自信がなくてまだできなかったほどだった。

しかし一度歌い始めると、ものすごいんだ、これが。そのギャップと、作る曲の素晴らしさも魅力だったっけ。

しかし、その後、彼女は変わった。ものすごく変わった。

おそらく、ものすごく自分の容姿にコンプレックスがあったのだろう。全身サイボークのように整形して、髪はストレートの金髪にして、化粧もけばくなって、すっかりディーバな行動をするようになる。

最初は「マライアどうしたの」と思ったけど「権威を得たら本当の性格が出たのだろう。これが彼女のやりたかったことなんだ」と思うようになる。

それがエスカレートして、露出狂状態になっていき、私生活のごたごたから精神もかなり一時期やられていたようだ。

音楽は誰が歌ってもどーでもいいような、ラップミュージシャンとのコラボばかり。すごく悲しかったけれども、いつしか完全に私とは赤の他人になってしまって何年もの時が過ぎた。

精神的に追い込まれすぎて一時期まったく鳴かず飛ばず状態に陥り、レコード会社もクビになった彼女が、最近、再起した。久しぶりに聞いたアルバムで、”Bye Bye”という曲を聴いて涙が出た。大好きだったお婆ちゃんが最近亡くなったそうで、そのことをまるで話しかけるように気持ちをまっすぐに語りながらそれが見事な歌になっている。思っていることが、こんなに素直に歌に置き換えられるなんて、すごいことだと思う。

こーんな風に歌が作れたらいいだろうな、とただ単純に羨ましく思う。

おばあちゃんは、マライアが完全復活する前に亡くなってしまったのでしょう。

「私がナンバー1に戻ったことを教えてあげたかった」なんてラインもまた泣かせる。

これこそ私の大好きだった若い彼女が、波瀾万丈の人生経験を積んで、たどり着いた美しき成熟した姿なのだ。素晴らしいではないか!!

でも、やっぱり。私はあの原石時代の、純粋そのものの彼女が好きなんだ。

たくさんの人に自分の歌を聴いてもらえることが嬉しくてたまらないというあの姿が。

そんなこと言われたって人は成長しなくちゃいけないんだから、我ながらマライアに対して不公平だと思う。

私だって「今の君じゃなくて19歳の時の君じゃなくちゃ嫌なんだ」と言われたら、悔しいとか悲しいとか思わないで、ただあほか、と思うだけだろう。そのままでいられるわけがないんだから。

今のマライア Bye Bye
http://hk.youtube.com/watch?v=L9HX_taCUM0&feature=related

昔のマライア Vision of Love (デビュー曲)
http://hk.youtube.com/watch?v=CSd08_ceDj8

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アマさん更新、その後

以前に、アマさんがイマイチだとさんざん書いたので、ずいぶん色々な方に「で、アマさん更新どうした?」と聞かれました。

結論から言うと、結局、更新しました。

・子供受けするタイプじゃないけど、家事能力は高いしプロ意識はかなりある(これがアマさん業界では、意外と珍しいようです)。
・子供がちょっとずつ大きくなってきて、アマさんにそれほど期待しなくてよくなった。
・決定的だったのは、子供に「アマさんのことどう思う?」と行ったら、一番そりがあわなそうだった長女が「うん、優しい」と言ったこと。旦那は全然問題なく思っていたので、結局私だけがぶつぶつ言っていたようです。
・夏休み中、義理母を始めとする親戚がぞろぞろ来た間、ずいぶん張り切って世話してくれた(実はうちのアマさん、子供より老人を面倒見る方が向いているのでは、と思う)。
・私の仕事場が家の中でちゃんとできたので、アマさんの家事労働中に同じ空間にいなくて済むようになった。
仕事で外出もだいぶ増えたのもある。

そんなこんなで、まあよかったのかな、と思います。

根はいい人なんだと思います。ただ、何か大災害にあったとき、私や夫がいなかったら、この人はうちの子供の安全を優先してくれるのかな、と思うと、真っ先に逃げてしまうのではないかしら、と思わせるところはあるものの、そこで命がけで雇い主の子供を守ってくれるようなアマさんが世の中にどのくらいいるかは、わからず...そこまでは期待してはいけないのかな、と割り切るしかないのでしょうか。

それにしても契約期間の2年ってあっという間です。
その割りには慣れたような慣れてないような、不思議な感じ。自分も「まあいいか」でいつも済ませていると不満がたまるので、たまに「今週はあれこれうるさく言うウィーク」を設けるようにしようと思います。

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