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2008年11月に作成された記事

きれい好きなローカル料理店

先日、HKTB様のお仕事で、3日間で9軒のレストラン取材がありました。3日目を終えて帰ってきた私に、夫がしみじみと「丸くなったね......」。人間はもともと丸いので、精神面についての指摘ではないことは確かでしょう。

いつもは割とこじゃれた店の取材が多かった私ですが、今回はド・ローカルな店にも何軒かうかがいました。英語がほとんど通じないので、アポ入れにとても苦労したものの、実際に取材に行くとほんと人情味があって、みんな優しいんですよ-、可愛いお爺ちゃん店員とかいますし。

そんな中、今まで「こじゃれた店=清潔、ローカルな店=ちょっとバッチイ」と勝手に抱いていたイメージが、ガラリと崩れる出来事がありました。(前者が崩れたのではなく、後者です)

レストランの取材というのは、営業時間外に行うのが普通です。ランチとディナーのある店なら、一番多いのは15時頃から18時頃の間でしょうか。その店には17時頃うかがいました。

すると外のウィンドウを隅から隅まで磨いているおっちゃん。「へーきれいにしてるんだな」と思って中に入り、代表の方と話したり(「何年に開業したの」と聞くと「6時」と答えが帰ってくる!)、いろいろ準備をしていると、同じおっちゃんが中に来て、水槽を拭いていたかと思ったら、今度は各テーブルへ。

テーブルの真ん中の円板をはずすと、その裏までもゴシゴシ。そしてテーブルクロスを外して、洗浄液をふきつけて、クロスでごしごしと拭いているのですが、その気合いの入れ方がただごとではない。テーブルクロスをかけるんだから適当でいいや、とは思わないんですね。気がつけばカウンターの裏から表から、ものすごい勢いでずっと掃除をしてました。

「凄いなー」と思って壁を見れば、鏡張りの壁は隅から隅まで指紋一つない。最近改装していて、比較的きれいめではあると思っていたものの、おー、こんなに清潔にしてるんだ、と目からウロコでした。

家に帰って夫に話すと、「取材が来てたから気合い入ったんじゃないの」。うーん、可愛くないやつだのお。しかし、あのおっちゃんの堂に入った拭き掃除ぶりは一朝一夕で身につくものではないでしょう。いつもの掃除だと私は信じています。

ちなみにその、きれい好きなローカルレストランの正体は、湾仔と銅鑼湾の間にある「越華會」です。もちろん豪快なる海鮮料理+家庭料理っぽいおかずも、よかったですよー。越華會に行かれる方、あの日のおっちゃんのがんばりが一過性のものではないことを証明するために、ぜひテーブルクロスをめくってテーブルの清潔度チェックをお願いいたします。

そして私は今年度の抱負だった「広東語を勉強」、遅ればせながら12月に始めます。やらないよかましでしょう......。ラブリーな爺ちゃん、おっちゃんと話せるようになる日を夢見て。

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あの日の少年

最近、8歳の息子の可愛さに改めて目覚めてしまった。近くで見るとずいぶん大きくなったのに、友達と歩く姿を後ろからみると、なんだか思っているよりずっと小さい。

なぜか姉弟と比べて朝に強くて、「コーヒー入れてあげたらダディが喜ぶよ」と耳打ちすると、そそくさとキッチンにいって「ママも飲むでしょ」と言いながら、要領よく、でも一つずつ必要なものや行程を確認しながら、ネスプレッソのマシーンでコーヒーを入れてくれる。いつもは悪戯ばっかりしているのに、こんな時の一生懸命な姿がやけに健気だ。1つでも想定外のことが起きると、慌てるので助け船を出すけど、あーすごいなー、こんなことできるんだなーと後ろでニヤニヤしている私。

台風が多かったこの夏は、毎朝、香港気象局のウェブサイトをチェックして、「今なんて名前の台風がどこどこにあってコースがどうこう」と教えてくれたりしたっけ。

ずいぶん独り立ちしたのに、要所要所でまだまだ甘えん坊で、1歳児なんかのわかりやすい可愛さとは違うけど、噛めばかむほど味がでるような、しみじみとした可愛さなのだ。
どんな経験もぐんぐん吸収するから、いろいろなことを体験させてあげたいなと思う。

そんな子供の可愛さに目を細めている時に、私の心の中ではチクリと刺すような痛みが走る。

あの日の少年も8歳だったんだ、と。
どうしてもっと可愛がってあげられなかったんだろう、と。

それは夫の妹の子、私の甥っ子。今では185㎝はある、すっかりまぶしき青年になってしまったが、当時はまだまだ小さかった。でも、もともと子供がそれほど好きでなく、子供のことが全然分かっていなくて、自分の子供で子供界にデビューした私にとって、長女よりも上の子供のことはどう扱っていいのか、まったく分からなかった。

義妹は当時シングルマザーで、激務の医者。イギリスでキャリアを積むためには、若い頃に公立病院でがんばらなければならないそうで、恐ろしいほどの薄給だったそうなのに、
夜勤に夜勤を重ねて、一流の全寮制学校に甥っ子を小さい頃から10年近く入れていた。年間400万はするというから、想像を絶する大変さだったのだろう。

しかし、夫は単身赴任のまま、私が妊娠9ヶ月で初めてイギリスに一人で住み始めた時(とにかくイギリスで生まないと国籍が不利になると思っていたから)から、その後、何年間も学校が休みになるたびに、都合を聞かれることもなく、お礼を言われることも一度もなく、甥っ子は我が家に2ヶ月近く置いて行かれた。年子で二人目を妊娠中も、三人目を妊娠中も、0歳2歳4歳を、夫はほとんど仕事でいない、親戚も近くにいないし、香港みたいにアマさんだっていないで、必死に育てている間も、とにかく彼は置いて行かれた。

何でも言えば手伝ってくれて、小さいいとこ達ともよく遊んで本当にいい子にしていてくれたけど、彼本人じゃなくて、いくら忙しくても長期の休み中にまったく彼と関わろうともしない
義妹の行動への反感がどうしても頭をもたげて、「私だってぎりぎりで何とかやっているんだから」と、うちの子供たちのために出かけるときに一緒に連れて行くような感じで、甥っ子がこれが好きだから、甥っ子のためになるから、そんな気持ちでどこかに連れて行ったり、何かをした覚えが、ない。

それくらいの年の子が、まだまだ甘えたい年だっていうことも分からなくて「あまりべたべたされるのも嫌なんじゃないかな」なんて勝手に決めつけていた。彼はどんな気持ちでうちにいたのだろう。それを思うとキリキリと心が痛んでくる。ただ、ただ、私の想像力が足りなかったのだ。

やがて甥っ子もある程度大きくなると、母親が仕事でいなくても自宅に一人でいられるようになり、私たちもイギリスを離れて毎夏の居候の日々は終わった。

今ではすっかり大人になって、大学の夏休みに遊びに来ると、うちの子達は大喜びで、まとわりついて離れないし、よく遊んでくれるなーと関心する。ひょーひょーとして、あまり
物事にこだわらない、マイペースな大人に成長した。

でも、今になって「あのとき、あの子は、8歳だったんだ」と気がついたら、それから後悔の念がわいてしまって、本人に向かって「ごめんね、もっと一緒にいろいろすればよかったね。私は子供のことがよく分からなかったんだ」と言い訳したい衝動にかられてしまう。本人はそんなこと言われたって何のこっちゃというだけだろうに。

義妹は、あれだけ頑張ったせいか稼ぎもよくなってそれなりの地位を得たし、気の優しい人と再婚して、すっかり丸くなった。

この夏休みに2週間、甥っ子を泊めただけでお礼のテキストが来て、「うわ、thank you だって」とびっくりしたし、あーこの人も余裕が出たんだなーと思う。甥っ子には赤ちゃんの妹
ができて、彼が今、自宅に戻るとそこには家庭がちゃんとある。彼には遅すぎたかもしれないけど、10年近くたつとそんな変化もあるんだな、でもあの時しかできないことをしておけばよかった、あの年齢でしか味わえない楽しい思い出をつくってあげればよかった、と今更思ってしまうのだ。あーあ。

後悔先に立たず。

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オバマ系を探せ

昨日、米国でオバマ大統領がついに誕生しましたね。

1960年代までは公然と黒人差別が行われていたわけだし、その頃からタイムスリップしてきた人がオバマ氏のスピーチを見たら腰を抜かすでしょうね。

ちなみにオバマ氏の当選に対する下地作りの最大の功労者だと私が思うのは、テレビドラマ『24』のデビッド・パーマ―大統領。その少し前から、ハリウッド映画に黒人大統領が登場してはいたものの(『ディープ・インパクト』のモーガン・フリーマンとか)、一回きりしかみない映画と比べてテレビの人気シリーズというのは、刷り込み効果が非常に高いはず。

『ディープ・インパクト』の場合は、「え、黒人の大統領?それはまさかそうすぐにはないでしょう」という感覚があったので、かえって「ものすごく先ではないけど、まだかなり先」という近未来感をもたせる効果があったと思ったけれども、パーマ―大統領の場合は、現実感がとてもあって、「こーんなご立派な方なら黒人だって関係ないなー」と白人に思わせる威厳がありました。演じた俳優さんも「本当に大統領になって欲しい」と言われるとインタビューで話してましたっけ。

その他では、大統領役はやってないと思うけど、デンゼル・ワシントンも、白人から見て「この人が上司だったらまあ仕方ないか」と納得されやすいタイプ(知的で上品で、なんだか分からないけど素晴らしいことを考えていそうに見える、オバマ氏的な感じ?)なんだなと映画のキャスティングを見るたびに思ってました。

とはいえ、実際にはオバマ氏は白人と黒人のハーフであって同じく白黒ミックスのうちの夫がよく言っていたけど「黒でも白でもなくて茶色」なんですよね。夫がミックスだし、自分がミックスの子供を育てていて、周囲にもミックスの子供が溢れている中に日々いる私としては、「白+黒=黒」という白社会での公式に違和感があります。

白黒ミックスであるハル・ベリーも、アカデミー賞を取ったとき「ミックスだと黒と扱われる」と発言していましたっけ。彼女はかなり熱心にオバマ氏を応援してました。レニー・クラヴィッツや、スパイス・ガールズのメルB(スケアリー・スパイス)なんかも白黒ミックスです。

では「無色+有色=有色」かというと、そうでもないようで、アメリカのNBCの人気ニュース・キャスターが「私の母は日本人で英語がほとんど話せないの」と言っているのを見て「え、この人、日本人なの」とビックリしたことがありますが、ミックスされ具合で、「言われてみればそうかな」位だと、そうは扱われないようです。

マライヤ・キャリーだって、お父さん黒人のはずだけど、髪の毛くりくりを金髪ストレートにかえたら、特に黒人扱いされていないし。子供の頃、ミックスだということでいじめられたそうなので、変えたかったのでしょう。お父さんは離婚していて身近にいなかったから、黒人としての誇りとかが育つ環境になかっただろうし。

何はともあれ、「歴史が変わる瞬間を同時代で体験した感」を、それも9/11やイラク戦争開戦などの暗いものではなくて、高揚感と希望に溢れた瞬間を、久しぶりというか、あれ、生まれて初めて位? 味わえたなーと、オバマ氏の勝利宣言スピーチを見ていて感動いたしました。前にそういうことあったかな、と思っても、思い出せるのは新幹線ができた時くらいかも。

さて、今から40年後、実際には人格者で頭脳明晰な素晴らしいお方がたくさんいるはずなのに「アラブ人=テロリスト」のような刷り込みをハリウッド映画やら24でも盛んにしていたイスラム系や、今ひとつ存在感の薄いアジア系の米国大統領が誕生していたりするのでしょうか。「そりゃないだろう」と言いたくなるけど、世界は意外と早く変わるものだから、お婆ちゃんになった時の楽しみにしていましょう。

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