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『小説十八史略』と『蒼穹の昴』②

続いて本日、読み終わったのが浅田次郎の『蒼穹の昴』。


10年前に亡くなった父の愛読書で、タイトルを目にする度に、夢中になって読んでいた姿が思い浮かんだものだ。これも文庫本4冊を購入し、里帰り中に読もうとスーツケースに入れて日本に持って行った。

十八史略での驚きの会話から気を取り直して、「今度はお父さんの好きだった『蒼穹の昴』を読もうと思って」と言った私は、あらそう、と微笑む母の表情を期待していた。

しかし、母の顔はさっと曇ってしまった。説明してくれたのは、私の記憶とはまったく違った、さらに驚くものだった。

最後の入院前に第一巻を熱中して読んでいたという父は、入院後、第二巻が出ているのを知って「買ってきて」と母に懇願していたという。当初はほんの一時的な入院のつもりで、まさかそこで自分が死ぬとは思っていなかった父。しかし急激に容体は悪化する。

母が第二巻を渡した時には、ほとんど本を読める状態ではなかった父は、楽しみにしていたその本を、ここに書いてしまうのも申し訳ないのだけれども、自分の汚物で汚してしまったのだという。「その時の、ものすごく悲しそうな寂しい顔が忘れられなくて、可哀想で仕方なくて、このタイトルを見る度に目を背けたくなる」と母。

父はそれっきりもう本を読むことも止めてしまい、やがて口も聞けなくなり、昏睡状態に陥った。本のことがきっかけとは言えないけれども、「もう自分はだめだ」と父が諦めて、一気に死へと向かう序章の中で起きた出来事だったのだ。

自分の記憶―居間のソファの隅っこでメガネをかけた父が一心に本を読む姿と、「父が『蒼穹の昴』の二巻目を買って欲しがっていて、楽しみにしている」と、おそらく電話で聞いたらしい話が私の中で重なって、いつの間にか「父が読みたかったのに読み終わらなかった本」から「夢中で読んでいた本」に置き換わっていたらしい。

そんな寂しい記憶とつながっていると知ったら、何だか私までも本から目を背けたくなって、結局里帰り中に開けることもなく、スーツケースの奥に押し込んで香港に持ち帰ってしまった。

しかし香港で自宅の本棚に並べている時に、ふと「とても続きが読みたかったんだろうな、もう自分は死んでしまうんだから、いいやと諦める時、悲しかっただろうな」と考えていたら、私が代わりに最後まで読んであげるのも親孝行のような気がしてきて、手に取った。

それから一気に読み進んで、父がまだ読んでいなかった単行本の二巻目にあたる文庫本の三巻目に達しようという時には、鳥肌が立った。

そしてなんと最終巻である第四巻目の目次を開いたら、解説を『十八史略』の陳氏がしているではないか。これはなんという巡り合わせ!!

とはいえ、夢中で読んでしまったものの、正直言って私にとっては最高の本ではなかった。陳氏の少しドライな筆致の中に浮かび上がる人々の感情や、井上靖の抑制が効いて叙情的な筆致によって描かれた、日本人とは違う世界観と、文化的背景と、歴史、スケール、時間軸の中で、人生の決断をしていく中国人の登場人物達の示す、想像を超えた知力、行動力、人間性に惹かれていた私にとって、『蒼穹の昴』の登場人物は皆、かなりベタベタしたお馴染みの日本人に思えてしまう。「どんな異国の歴史上の人物だろうと中身は同じ人間なのだから」というアプローチなのだろうとは思うのだけれども。

特に小秀や春児と言う実在しない人物はまだしも、乾隆帝の亡霊が明かす子孫を繁栄させたくない理由が今一つ説得力がないとか、世凱はさすがにそんなに青臭くないだろう、とか、李鴻章のかっこ良さは伝わるのだけれども、なんで兆恵将軍の亡霊のまねごとをしてるんだとか、さすがに毛少年登場はやり過ぎじゃないの、とだんだんと違和感が重なってしまうと、物語から心が離れてしまうのを止められない。妻子との別れには少ししか触れない小秀が、あの子にふるう暴力っていうのもねー、どうもピンと来ないのだ。

そして楽しみにしていた陳氏の解説を読んだら、あらら、「とにかく破天荒な小説だ」「李鴻章の描き方には共感する」という二つを述べたきり、自著の『孫文』のエピソードに話が移ってしまい、まったく『蒼穹の昴』の解説をしていない。

多分、「解説引き受けちゃったけど、こりゃいったい何なんだ。何書けばいいんだよ、おい」という当惑を行間にみなぎらせている感じ。本来なら、解説で「この登場人物は実在、こちらは創作」などと、史実との比較を示して欲しいところだ。作風があまりにも違い、この作品にあきらかに心酔していない陳氏ではなくて、別の人選が必要だったのだろう。

ただ、主人公二人には愛着が湧いているし、確かに読み応えは非常にあるので、エンターテインメントとして楽しんだのは事実。想像もできなかった科挙の試験の様子や宦官の作り方などは迫真の内容だったけれども、これらは史実から拾っているのだろうか。なんだかんだ言って続編の『中原の虹』や番外編の『珍妃の井戸』も読んでしまうと思う。

しかし時々、何だかこう背中が痒くなるような何かがあるんだなふと思い立って、グーグルで「浅田次郎」「あざとい」という検索語を入れたらたくさん結果が出てきたから、同じことを感じる読者も多く、これが彼の作風なのだろう。ずっと昔に読んだ『鉄道員』にも、そういえばそんな印象を抱いたし、読者としての私と作者との相性なのだと思う。

とにかくこうして読み終えたことで、一つ宿題を終わらせて、父にも続きを読ませてあげられた、そんな満足感が残っている。

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