カテゴリー「2)肝っ玉母さんになる時間」の9件の記事

スリープオーバー×3=静かすぎる夜

「今日、○○○ちゃんの家でスリープオーバー(お泊まり)していい?」

夕方頃、それぞれの友達の家に遊びに行った子どもたちから順番に電話がかかってきた。狭い街なので、お友だちの家もほとんどが徒歩圏内。しょっちゅうお互いにお泊まりをしていて、今日も誰かしらスリープオーバーになるとは予想していたのだが、3人が同じ日に全員というのは初めてのこと。

で、夫と二人で静かな夕食。まるで違う家にいるような静けさだ。

せっかくだから、あとでランカイフォンに夜遊びに行くことにもしているのだが、何だか信じられないほど寂しい。と、よく考えてみたら、長女が生まれてほぼ11年間、子どもたち全員と離れたのは出張で1泊しただけ。とにかく慣れてないのだ。

私たちの里帰り期間は一人で過ごす夫は「何をそんなに」と不思議な顔をしているが、息子のパンダでも抱えてメソメソしたい気分が収まらない。

長女の進学のことで、大学よりも早い段階にイギリスに一人で送り込まないと、大学の学費がイギリス人料金にならないらしいと最近気付いて、にわかに「え、あと4年位での話?」と、焦りはじめている今日このごろだから、余計に身にしみるのかも。

母親として過ごしているのは人生の今のところ四分の一の期間だけなのに、あー何だか骨の髄までおかーちゃんになっている自分に気付く、静かすぎる夜でした。

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あの日の少年

最近、8歳の息子の可愛さに改めて目覚めてしまった。近くで見るとずいぶん大きくなったのに、友達と歩く姿を後ろからみると、なんだか思っているよりずっと小さい。

なぜか姉弟と比べて朝に強くて、「コーヒー入れてあげたらダディが喜ぶよ」と耳打ちすると、そそくさとキッチンにいって「ママも飲むでしょ」と言いながら、要領よく、でも一つずつ必要なものや行程を確認しながら、ネスプレッソのマシーンでコーヒーを入れてくれる。いつもは悪戯ばっかりしているのに、こんな時の一生懸命な姿がやけに健気だ。1つでも想定外のことが起きると、慌てるので助け船を出すけど、あーすごいなー、こんなことできるんだなーと後ろでニヤニヤしている私。

台風が多かったこの夏は、毎朝、香港気象局のウェブサイトをチェックして、「今なんて名前の台風がどこどこにあってコースがどうこう」と教えてくれたりしたっけ。

ずいぶん独り立ちしたのに、要所要所でまだまだ甘えん坊で、1歳児なんかのわかりやすい可愛さとは違うけど、噛めばかむほど味がでるような、しみじみとした可愛さなのだ。
どんな経験もぐんぐん吸収するから、いろいろなことを体験させてあげたいなと思う。

そんな子供の可愛さに目を細めている時に、私の心の中ではチクリと刺すような痛みが走る。

あの日の少年も8歳だったんだ、と。
どうしてもっと可愛がってあげられなかったんだろう、と。

それは夫の妹の子、私の甥っ子。今では185㎝はある、すっかりまぶしき青年になってしまったが、当時はまだまだ小さかった。でも、もともと子供がそれほど好きでなく、子供のことが全然分かっていなくて、自分の子供で子供界にデビューした私にとって、長女よりも上の子供のことはどう扱っていいのか、まったく分からなかった。

義妹は当時シングルマザーで、激務の医者。イギリスでキャリアを積むためには、若い頃に公立病院でがんばらなければならないそうで、恐ろしいほどの薄給だったそうなのに、
夜勤に夜勤を重ねて、一流の全寮制学校に甥っ子を小さい頃から10年近く入れていた。年間400万はするというから、想像を絶する大変さだったのだろう。

しかし、夫は単身赴任のまま、私が妊娠9ヶ月で初めてイギリスに一人で住み始めた時(とにかくイギリスで生まないと国籍が不利になると思っていたから)から、その後、何年間も学校が休みになるたびに、都合を聞かれることもなく、お礼を言われることも一度もなく、甥っ子は我が家に2ヶ月近く置いて行かれた。年子で二人目を妊娠中も、三人目を妊娠中も、0歳2歳4歳を、夫はほとんど仕事でいない、親戚も近くにいないし、香港みたいにアマさんだっていないで、必死に育てている間も、とにかく彼は置いて行かれた。

何でも言えば手伝ってくれて、小さいいとこ達ともよく遊んで本当にいい子にしていてくれたけど、彼本人じゃなくて、いくら忙しくても長期の休み中にまったく彼と関わろうともしない
義妹の行動への反感がどうしても頭をもたげて、「私だってぎりぎりで何とかやっているんだから」と、うちの子供たちのために出かけるときに一緒に連れて行くような感じで、甥っ子がこれが好きだから、甥っ子のためになるから、そんな気持ちでどこかに連れて行ったり、何かをした覚えが、ない。

それくらいの年の子が、まだまだ甘えたい年だっていうことも分からなくて「あまりべたべたされるのも嫌なんじゃないかな」なんて勝手に決めつけていた。彼はどんな気持ちでうちにいたのだろう。それを思うとキリキリと心が痛んでくる。ただ、ただ、私の想像力が足りなかったのだ。

やがて甥っ子もある程度大きくなると、母親が仕事でいなくても自宅に一人でいられるようになり、私たちもイギリスを離れて毎夏の居候の日々は終わった。

今ではすっかり大人になって、大学の夏休みに遊びに来ると、うちの子達は大喜びで、まとわりついて離れないし、よく遊んでくれるなーと関心する。ひょーひょーとして、あまり
物事にこだわらない、マイペースな大人に成長した。

でも、今になって「あのとき、あの子は、8歳だったんだ」と気がついたら、それから後悔の念がわいてしまって、本人に向かって「ごめんね、もっと一緒にいろいろすればよかったね。私は子供のことがよく分からなかったんだ」と言い訳したい衝動にかられてしまう。本人はそんなこと言われたって何のこっちゃというだけだろうに。

義妹は、あれだけ頑張ったせいか稼ぎもよくなってそれなりの地位を得たし、気の優しい人と再婚して、すっかり丸くなった。

この夏休みに2週間、甥っ子を泊めただけでお礼のテキストが来て、「うわ、thank you だって」とびっくりしたし、あーこの人も余裕が出たんだなーと思う。甥っ子には赤ちゃんの妹
ができて、彼が今、自宅に戻るとそこには家庭がちゃんとある。彼には遅すぎたかもしれないけど、10年近くたつとそんな変化もあるんだな、でもあの時しかできないことをしておけばよかった、あの年齢でしか味わえない楽しい思い出をつくってあげればよかった、と今更思ってしまうのだ。あーあ。

後悔先に立たず。

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子供の変化(2)

「子供の変化」で、すっかり男、男してしまった、と書いた7歳の長男。でもゆり戻しというか、あれ、そうでもないのか、と思う出来事がありました。

サッカーの練習を見ていた時のこと。試合中、長男はなかなか男らしく全力で頑張っていました。終了の笛がなって、あれ?どこに行ったの?とキョロキョロしていたら、反対側のゴール近くで、誰かにタックルされて腿を蹴られたらしく大泣きしてました。

立ち上がれない長男を仕方なく抱えあげて(重い!)、抱っこして椅子に座っていると、しばらくして泣き止んだ長男が、「あれ、居心地いいや」と思ったのか、そのまま私に抱っこされて他の試合を眺めています。私も特に違和感なくそうしていたところ、「どうしたの?大丈夫?」と友達が何人も近づいてきました。

「あ、男男していた今日この頃だし、ママの膝に座って嬉しそうにしているって図は友達の手前、恥ずかしいんじゃないかな」と、様子を見ると、別に当たり前ーという顔して、嬉しそうに座ってます。友達も友達で「かーちゃんに抱っこされてんの」(英語だけど)とか言うのかなーと思ったら、(そうだよね、こんな時はやっぱりママの抱っこだよね、よく分かるよ)っていう顔して、何の突っ込みもありません。7~8歳の男の子ってこんなもんなのかなー、と少し拍子抜けしたような、もうちょっと赤ちゃんでいる期間も残ってるのかな、と少し嬉しいような。

休憩時間に入って、友達が何人かでボールを蹴って遊び始めても、相変わらず私の膝にのっかっている長男。ずっとのっかっていて欲しい気持ちを抑えて「ほら、みんな遊んでいるから、行っておいで」と背中を押しました。

少し躊躇した後、よし、っと立ち上がったら、後は振り返りもせず、輪の中に入っていった長男。こうやって時々ゆり戻しがあって、いつか全然戻ってこなくなるのかな、と何だか甘酸っぱい気分を味わった土曜日の午後でした。

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子供の変化

夫の手術後、最初の数日はほとんど寝たきり状態で大変でしたが、1週間経ち、今日は松葉杖をついて会社に行きました。

私の仕事も一息つき(なんていったら「まだ終わってないだろう!」と物が飛んできそうですが)、子ども達の学校も始まり、天気もよくなり(=蒸し暑くなり)、色々と振り返ったり、軌道修正する余裕が出てきそうです。

さて、子供達。この1ヶ月でものすごい変化がありました。

長女:9歳も半ばになり、もともとませていることもあって、ティーンエイジャー(思春期ということか)がそこまで迫っているのを感じさせられます。元々が穏やかな性格だとは思うものの、すぐに機嫌が悪くなったり、被害者意識がやたら強くなったり、他人が自分を見る目にやたら敏感になったり。何かしてあげても、「これをやってくれてありがとう」じゃなくて「でも、これはやってくれなかった」となるので、へ? それはないんじゃない、とこちらも機嫌悪くなってしまったりして。

その代わり、「ママ、一緒にこれしよう、あれしよう」というのも急に激しくなりました。この時期を逃したら、もう後は親のことなんて目に入らなくなるのかもしれないし、今のうちなんだろうなあ。何でも自分でできるようになったから、ついつい「ママ、一緒にやって」と言われても、「今、忙しいから自分でやっておいて」とかいいたくなるけれども、付き合ってあげるようにして、私はここにいるよ~と分からせてあげるようにしないといけないのでしょうかね。

だんだん現実の世界にこの子も出て行って、色々な経験をして、それにはとても辛いものも含まれていたりして、でもそれに負けないような心を既に持っているのか分からないし、今してあげられることは何なんだろうなーとこちらも不安になったりします。

長男(もうすぐ8歳):急に男、男、してしまいました。前より本格的なサッカーチームに入って週3回サッカーを始めたこと、ほぼ同時にケーブルテレビのチャンネルを増やして、ヨーロッパのサッカーが見られるようになったことが重なったせいか、「おれは男だ、ストライカーだ」みたいなノリに突然なってしまいました。

ほんの数ヶ月前は、ハイスクールミュージカルが大好きで、トロイの真似してテレビを見ながら歌って踊りまくっていたくせに、サッカーの途中のコマーシャルでディズニーチャンネルの番組が映ると「おえー、気持ち悪い、うえー」といって嫌がってみせたり。サッカーやって褒められて、モジモジしてるのが直ってきたのは、もちろんいいことなのですが、何だか寂しいですねー。

次男(5歳):長男につられて、サッカー、サッカーが激しくはなり、やれルーニーだ、マンUだと騒いでいますが、まだまだ赤ちゃんな面や、男か女か分からない面が残っていて、それがなくなるのがとても惜しいような気になってしまって、甘やかしちゃったりしてます。頭を空っぽにしてオバカな会話ができる相手が家にいるって貴重なことですね。しかしそれも期間限定。次男が男、男しちゃったら、後は孫を待つしかないのかー、さみしいなー。

子供3人の中の関係も、引っ越して3人一緒の部屋から、男二人と女一人の部屋に分かれたのも重なって、男対女という構図が目立ってきました。娘も「妹が欲しかった」なんていいながら、女の子の遊びができる相手が家にいないから(次男が相手にならなくなってきた)私のところに余計来るようになったのかもしれません。

それでも娘は、次男を自分の方に引き込もうと、頑張っているのが分かります。次男も「サッカー行こう! (長女に誘われて)え? クリスタル(ただの石なんですけど)を探しに行くの? サッカーやーめた、僕も行く! 探検隊だ!」>長男は「うぇーん、僕と一緒にサッカーしにいくっていったのに」と大泣き、なんてことを昨日はしてました。

1ヶ月で全然変わるのだから、半年後、1年後はどうなっているのやら。

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マーマレードは出産の味!?―英国編

香港から閑話休題、5年間住んだ英国での出産の話です。

うちの子3人は、皆、英国の公立病院生まれです。日本での出産経験がないものの、よく友人と話していて、お互いに「へー! そうなんだ! 全然違うんだね」とびっくりすることが多く、日本でも産んでみたかったものだーなどと思ったりもします。

●出産前までの違い

何がどう違うのか。最大の違いは「出産はタダ」ということ。公立病院なら、検査料から健診、超音波スキャンから入院、分娩、何から何まで全部無料。「病院に行くからお金おろさなきゃ」なんて感覚が消えてました。お金がいるのは駐車場代位だったかな。日本で「入院する時間によって病院に払う費用が変わってくるので、夜中に産気づくと焦った」などと聞くとええーそんな、と思ったものです。

だからといって、「安かろう悪かろう」だったとは思いません。ただ、英国のNHSという医療保険システムは、スタッフ不足(条件のいい、プライベート診療の医療機関にスタッフが流れてしまう)やら、財源不足やらで、「手術の順番待ちを2年していて、手遅れになって患者が亡くなってしまった」などという悲惨な話も聞きました。3人目の時は、英国でもフィリピン人の出稼ぎ看護婦さんが入ってきていて、皆、明るくて愛想がよくて働き者で英語も流暢、ということで現場の評判は高かったようです。当時「英国の病院が、フィリピンの病院スタッフを全部連れて行ってしまって、病院が成り立たなくなった」とか、「看護士の需要が圧倒的に高いので、医師を辞めて看護士の資格を取り直して英国に行く人もいる」などという話を耳にしたものです。

とにかくお産は、待ったなしだから待たせておくわけにいかない。そのため、NHSの方針は「順調な妊婦はほっといて、問題ありの人に集中しなければ」だったようで、妙に妊娠中、血色のいい問題なし妊婦だった私は、健診も検査も何もかも「あー、はいはい、OKOK」とさらーと流されていました。ちなみに普段の健診も分娩もほとんど全てが助産婦さんの担当で、担当医が登場するのは分娩後のほんの数分。これは人手不足というよりは、これで十分ということなのかも。

不思議だったのは、英国の超音波検査の画像が、ものすごーくクリアだったこと。今見ても、子ども達が既に今と同じ顔つきや肉付きをしているのが見えるのです。一度、一時帰国時に、実家の近所の人気産婦人科で検査をしてもらったら、あまりにもぼんやりして何も見えないので驚いたほど。何でも日本が進んでいるかと言うとそうでもないこともあるんですね。

体重管理も全然ありませんでした。私は実は3回とも20kg以上太ったのですが、体重検査を冬でも服は全部着たまま靴は履いたまま(どっしりしたスニーカー履いていてもお構いなし)、いくら増えても「あーら、赤ちゃん育ってるわね」でおしまい。3回目のときは最後の3ヶ月位、計ってもくれなくなりました。私の場合は、超がつくほど安産体質のようで、何のトラブルもなかったものの、日本にいたら病院によっては、相当注意されたかも、とこれは英国だったから問題なし扱いで済んだのかなーというところ。

    分娩後のひと時はマーマレードトーストで

英国が良かったのは、分娩室が個室ということ。かなり広い部屋で、「お風呂で産みたかったらどうぞ」とユニットバスまで付いていました。1人目の妊娠時に水中出産の話をよく聞いていたので、「あ、もしかしてここで産んでみてもいいかも」と思って試して見たものの、本格的な水中出産用プールのように大きくないためか、だんだん寒くなってきて、こりゃだめだとすぐに諦めました。

英国らしいな~~という一面は、希望すればアロマセラピストに立ち会ってもらったりもできること。代替治療が公立病院の普通のメニューとして取り入れられているところが、さすが、本家本元です!

まあ何がどう違っても、出産が痛くて辛くて苦しいことには変わりなく、特に1人目の出産後、いったい何だったんだと放心状態になっていた私。そこで「初めてお産を見たインターンの学生医師」が、我慢強い大和魂を見せ付けた私の根性にいたく感動していて、「本当に頑張ったね。You deserve this」と持ってきてくれたのは、たっぷりマーマレードが塗られた薄切りトーストにミルクティーでした!

元々好物であるこの組み合わせ。心身ともに極限の疲労困憊状態でいただけば、マーマレードの酸っぱい甘さとバターが口の中で溶け合っていく至福のハーモニー! カリカリトーストがバターの塗られた部分だけしんなりとしたあの食感! そして五臓六腑に染み渡る、濃くて熱―いミルクティーの芳香! 美味しいものをそれなりに食べてきたつもりだけれども、あのマーマレードトースト&ミルクティーほど美味しく感じたものは未だにありません。

インターンの人の言葉から、「頑張ったご褒美かしら」などと思ってしまいましたが、2人目、3人目は違う病院だったのに、やっぱりマーマレードトースト&ミルクティーが出てきました。

今でもマーマレードトーストを食べていると、うっとりしてしまって「みんなが生まれたすぐ後にこれを食べてね」と、子ども達に熱く語っている私。しかし子供たちは「ふーん、でもマーマレードは酸っぱくて嫌―い、イチゴジャムがいい」と冷めていて、この美味しさをまったく理解してくれません! ま、それをいいことに、マーマレードだけは最高級品を買ってきて、ちびちび1人で食べている私も私……

●早くお家に帰りたい、楽しくない入院期間

入院期間は短いのが普通で、1人目と3人目は一晩、少し産後に問題があった2人目の時も二晩しか入院していません。「問題ない人は早く家に帰りましょう」と誰かに言われるわけではないのですが、「これだったら早く家に帰ったほうがいいや」と、医師に「お願い、退院させて」と思わず懇願してしまう環境作りがされているのです。

例えば、出産後に配られる食事はいったいぜんたい?? 同じ病院のカフェテリアの食事は美味しかったから、英国の食が貧しいとか、そんなことじゃないんです。うすーいトースト1枚分に安そーなハム一切れとか、「こんなんで母乳だせっていうのかー、おい!」と絡みたくなるほどの貧弱さ。

そして基本的に出産直後からずっと母子同室。トイレに行くのもシャワーを浴びるのも、誰も赤ちゃんを見ていてくれない。「誘拐でもされたら大変」と、気が気ではなく、狭いシャワー室まで赤ちゃんの入ったワゴンをガラガラと押し込んでいました。「看護婦さんに言えば見ててくれるんじゃない」とは言われたのですが、やはり人手不足なのか、皆殺気立って忙しそうで、そんなこと頼める雰囲気じゃなかったですねー。1人目で夜泣きがすごくてどうしていいか分からなくても、あまり構ってもらえなくて不安がつのったものです。

2人目の時は、赤ちゃんの世話の仕方には問題がないものの、「この子は体温が低いので、お母さんの肌と直接触れ合うことが大事。とにかくずっと肌を合わせて抱っこしていなさい」と言われて、出産直後から新生児を丸二日抱っこしっぱなしで、私は「つぶしたら大変」と気を遣って昼に寝られず、夜になると赤ちゃんの夜泣きが激しくて、やっぱり寝られず。これはきつかった! そしてその日から1歳半まで、まともに私が眠れた日は来ませんでしたっけ(遠い目)。

父母同室、確かにいいことだったとは思うのですが、「父母別室で、お母さんはゆっくり産後の疲れを取って、食事は栄養配分完璧な和食が出てきて」なんていう日本の豪華産院の話を聞くと、うらやましい~~と思ったものです。英国にもそういうサービスのあるプライベート産院はあるのですが、まあ公立は無料でもやることはちゃんとやってくれるので、我が家では選択肢に入りませんでした。

ちなみに「皆さん、やっぱり母乳です」と啓蒙に励んでいる(実際にはミルクの人が圧倒的に多い)割には、「紅茶の時間ですよ」と1日に何度も濃いミルクティーを配るお姉さんがやってきました。カフェインは摂取していいのかしらー。欠かさず飲んでしまいましたけど。

その代り、一旦自宅に戻ると、その日から毎日、数週間、助産婦さんが自宅に来てくれて、1時間位は赤ちゃんと私の検査をしたり、色々と質問に答えてくれたりして、至れり尽くせり。なるほど、病院は緊急時の一時滞在所という位置づけで、本格的なケアは自宅で始まる仕組みなんですね。それを思うと、手厚いサービスだったなとも思います。

助産婦さんの訪問で印象深ったのは、赤ちゃんの肌がかさついていると必ず「市販のベビーオイルじゃなくて、食用のオリーブオイルを塗りなさい」と言われたこと。そうかと思って、いそいそと我が子の全身にまんべんなくエクストラヴァージンオリーブオイルを塗りこんでみた私。あまりのいい匂いに、思わず「おいしそう」と思ってしまいました! ごめんね、我が子。

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キッズの誕生日パーティーは大変だ!

子どもの誕生日パーティ。日本だと「呼ばれた、呼ばれてない、とトラブルの元だから、あまり派手にやらない」のが私たちの住んでいた地域では一般的だったようです。

しかしこれが、おそらくインターナショナルスクールなどで欧米系の子ども達が集まる地域になると、びっくりする程派手になる! 子どもが複数いると、出費もすごいし、気も使うしで、頭が痛いもの。幼稚園から小学校低学年だと、クラス全員呼んでというのも普通だったりします。

呼ばれる側も、同じ日に何件もはしごすることになったりして、目が回りそうな忙しさ。

我が家でも、周囲に合わせて仕方なく?イギリスと香港で随分やりました。色々な施設で誕生パーティパッケージがあるんですよね。

イギリスではまだ長女だけでしたっけ。

4歳:子供用牧場のパーティ会場を借りて。途中で牧場の人が兎を連れてきてくれて、子ども達に順番に抱っこさせてくれたり、トラクターに全員で乗って牧場を回ったりできる。食べ物はオーダー、ケーキは持ち込み。

5歳:自宅の庭にマジシャンを呼んで、ゲームやマジック(主に子どもを笑わせるのが目的で、かなりしょうもない内容)をしてもらう。食べ物は自前、ケーキはオーダー(バービーを持っていくと、周りに凄いケーキのドレスを作ってくれる)。

6歳:スポーツ施設の子供用プールを貸しきって、インストラクターが色々なゲームをしてくれる。最後はプールを出て食事とケーキ。

これだけ派手にやっていたのに、日本に行ったらこれ幸いと、7歳は家族で食事してケーキ食べて終わり! 私はほっと一息、娘としてはちょっと不満。

香港に引っ越してきたのが彼女の8歳の誕生日直前で、誕生日の時は新しい学校に入ったばかりだし、私もこちらの誕生日パーティの様子が分からず、何もできませんでした。

そして娘にとっては待ちに待った香港での9歳の誕生日。これくらいの年だと、仲良い子だけ呼んで、自宅でパーティ&お泊り(Sleepoverといいます)なんてのがほとんどなのですが、今年が派手なのは最後!と約束して、思いっきりやりました。

9歳:ランタオ島のきれいなビーチそばで3人お友達を呼んでキャンプ。翌日は10人位のお友達が加わって、近くのレストラン(というより、エンターテインメント専門施設のようなところ)のインストラクターが、ビーチ周辺の自然観察をしながらのTakara 宝探し(最後はビーチを掘って海賊の宝箱を発見)をしたり、凧揚げをしたり、水着に着替えて泳いだりと盛りだくさんのメニュー。オプションで、サーフィンを習ったりもできるのですが、今回は小さい子がいたのでやりませんでした。

    Cake1    ちなみに、ケーキは、娘がかなりはまっていた「ハイスクールミュージカル2」のもの。オーダーメイドで誕生日パーティ用に作ってくれるプロが近所にいて、味もとてもいいのです! 誰がトロイを食べるとか、私はシャーペーがいいとか、みんなで大騒ぎしてました。

そうこうしているうちに、弟たちもパーティ適齢期になってしまい、誕生日が近づくと戦戦兢兢。前回は弟二人は近所のスポーツクラブの小さいボーリング場の貸切パーティでした。(これは子どもが勝手に遊んでくれるので、かなり楽)ケーキはお兄ちゃんがサッカー、弟は恐竜ケーキだったかな。

写真がもっとあるはずなので、またアップしますね~ 。

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三人三様 アイススケートの巻

先日、香港に新しくできたショッピング・モール「Elements」内の、アイススケートリンクに、友人家族と行ってきた。

ショッピングモールにスケート場って、何だかアメリカっぽいが、香港には何箇所かある。この最新スケートリンクでは、リンクの手前に改札があり、パスモカードのモデルとなIceskateった香港のICカード、オクトパスカードを入場券代わりに使い、分料金制(時間によって割引になる。基本が1分1HKD、約15円)。リンクを出てジュースを飲んだりトイレに行ったりする間はチャージされないという、なかなか面白いシステム。

さてさて、私は子どもの時以来、子ども達はまったく初めてのスケート。「そんなの簡単だろう」と甘く見ているのが分かっていたので、いかにテレビで見たフィギュアスケートの選手が超人的なのか、これで身に沁みて分かるだろうと、ほくそ笑んでいた。

とはいえ、人のことを笑うほどの余裕が自分にないことにすぐ気づき、リンク脇の手すりにすがりつき、子ども達のリンク入場を待つ私。

まずは9歳の長女。「きゃーきゃー」叫びながら、同じく手すりにすがりついて何周かしているうちに、「大丈夫?」と寄ってきたスケート上手の私の友人をしっかり独り占め。手取り足取り教わりながら、何周もしているうちに、何となく滑れるように。この子はやっぱり、人付き合いがうまいのが強み。

次は7歳の長男。「ママ~!」 あれ? なぜか最初から、普通に地面に立つように氷の上に立ち、私に手を振っている。そして、すいすいと滑って遠くに行ってしまった! バランス感覚がいいのかしら。そういえば、何事もこの調子で、最初から不思議とすんなり出来てしまう。なので、つい「放っておいても大丈夫」と他の子に注意を向けているうちに、実は伸び悩んでいて最初とあまり変わってなかったりするので、要注意なのだ。

そして5歳の次男。何の迷いもなく、リンクの手前から1歩、2歩と来て、リンクに足を踏み入れた3歩目にずるっと滑って4歩目には氷に座ってびっくりしている。

この人は、男気と根性の塊。怖がらないで大胆に行くせいか、転び方がやけに激しい。

手すりにつかまっているにも関わらず、ズル! ドカ!とまるで漫画のように(劇画かも)派手に転ぶ。

「うわーもう嫌だって泣き始めるかな」と心配になるし、今にも頭を打ちそうで冷や冷や。

しかしあまり「可哀想に」という顔をすると、「そうか、僕は可哀想なんだ」と悲劇のヒーローに変身してしまうので、ここはぐっと我慢して、微笑を絶やさない母心(相当ひきつっていたはず......)。

手すりが必要なくなって、子どもの練習用の小さいプラスチック製の椅子の背を押しながら滑らせてみても、ドカ! ズルルルル! 

なぜか椅子が宙高く舞い、周りの子の上に落ちないかと、また冷や冷や。同じように練習していても、誰もそんな椅子を吹っ飛ばしていないのに、なんでこんなに派手なんだ??

母の心配をよそに、ほとんど休憩もせず、2時間滑りまくった次男。何とか滑り方を思い出した私としばらく手をつないでいたものの、ついには独り立ち。かなりスムーズに滑っているが、やっぱり転ぶ時は、パワー全開、「スタントマンは使わず、全部自分でやってます」という映画スターのノリ。ズボンはすっかりビショビショだ。

「さ、帰ろうか?」の一言で、次男の緊張の糸が切れ、疲れも頂点に達したのだろう。

「もっとスケートしたいよおおおおおおおおお」

鼻水を垂らしながら泣きじゃくり、激しく抵抗。しょうがないので無理やりスケート靴を脱がして、担いで帰った。帰りの地下鉄では、はい、熟睡でした。

そして毎日、毎日「ママ、スケート楽しかったね。今度また一緒に行こうね。じゃあ明日行く? 明日の明日(あさってのこと)?」とプレッシャーをかけられている、今日この頃です。

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母親の表面積は大きい方がいい

うちの3人の子ども達がうまれたのは、イギリス。自分の親戚はいないし、人件費は高いから、もちろんアマさんなんて頼めないし、夫の仕事は忙しいし、夫の親戚も近くにはいませんでした。

とにかく「今日1日を乗り切ろう」と自分に言い聞かせる毎日。何事もなくスムーズに終わる日は1日もなく、必ず「うわ、どうするんだ、この状況」というピンチが訪れるのです。でも、そういう記憶は消えるようにできているのか、特に子どもらが1歳0歳の時と、4歳2歳0歳の時のことは、ほとんど何も覚えていません。

そんな中、「母親の表面積は大きい方がいい」というフレーズだけが、鮮明に心に焼き付いていて、ふと駅のエレベーターを登っている時などに、頭に甦ってくることがあります。

いったい何が起きたのか。ささいな出来事なのですが、お話しましょう。

確かそれは子どもが4歳2歳0歳の時。午後遅めの時間は、小さい子は疲れて眠くなってくるせいか、ぐずり始めて泣き出すことが多く、自分も「あー夕飯の支度しなくちゃ」と考えているので、気持ちに余裕がありません。

たいていは、一人がぐずり始めて、何とか寝付かせると、次が泣き出してと、何となくうまくタイミングがずれていて、せいぜい一緒に泣き出すのは二人までで済んでいました。ま、三人目が寝付いたときには一人目が起きてきて、私は全然休めないんですけどね。

ところがその日に限って、どういうわけか三人が同時に泣き出した! そうなるとこれは生存競争となって、「とにかく私を僕をどうにかしてくれ」と三人とも一歩も譲らず、大泣き合戦。一人抱っこすれば、もう一人が怒ってさらに大泣きしてもう一人をぶったりして喧嘩勃発。

どうすりゃいいんだ、この修羅場。何とかしなければ。 

とにかく私の体温が伝わって、少し柔らかめのところに触れている体勢になれば、落ち着いて眠るのは分かっている。

そこでなるべく冷静に、「皆さん、ママはここに大の字になります。君はここ(と小さめの2歳児を太ももに載せる)。あなたはここ(もう4歳児の頭をお腹に乗せて、体を2歳児の反対の足に載せる)、はい、赤ちゃんはここ」と、ジグゾーパズルのように配置してみました。電話が鳴ってもドアベルが鳴っても、立ち上がらないと覚悟を決めて。

騒ぎは終息し、5分後には、全員寝息を立てたり、いびきをかきながら気持ちよーく寝てました。何事もなかったように、天使のような寝顔ですやすやと眠る子どもたち。

そこでしみじみ。産後肥りは嫌だけど、ちゃんと生物学的に(かどうかは知りませんが)理にかなっているんだな。母親の表面積は大きい方がいいんだ......。

ちなみに今では9歳7歳5歳の三人組。

今でも「私がこっちの膝よ」「僕がこっち」「僕はどこにのればいいの!」「お前は一番小さいんだからお腹にしなよ」「あ、そうか」と相談しあって(時々、私がこっち、僕がこっちと喧嘩してますが)、相変わらず私の上にのっかってます。今じゃ全員で50キロ超えているのに.......。窒息するーーー!!!

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二人とも、無事、合格? 不合格!?

昨日、うちの兄弟(7歳&5歳)が、スイミング教室の進級テストを受けた。

実は長男はこれが3回目の挑戦。後から始めた弟はその間に、追いついてしまい、同じクラスになってしまっていた。

目標はクロール&背泳ぎ、共に25mを泳ぎきること。前回、惜しかったといわれていたので、「お兄ちゃんは今回楽勝だろう。弟は、まあ今回は力試しということで」と高をくくっていた私。

「ちらちらテストを見ながら、本でも読むか。仕事もできるかな」なんてノートパソコンまで持ち込んでいた。

ところがテスト前の練習を見たら、すいすい軽がる弟が泳いでいくのに、お兄ちゃんはなぜか何度も立ち上がってしまうし、体のバランスもおかしい。

「やばい、弟が受かってお兄ちゃんが落ちたら、プライドが傷ついて、やる気をなくすかも」とか、

「今まで何ヶ月も通っていて、これって先生は気がつかないの?」、

「でも今学期、忙しさにかまけて、人に送り迎えを頼んで全然レッスンを自分の目で見ていなかったっけ」、

「お兄ちゃん、体調悪いのかな、何だかいつもと違う」

などと慌てているところで、テストはスタート。

子どもらには聞こえないのだけど、思わず「がんばれ、がんばれ、がんばれ....」と呪文のように呟き続ける。周囲の人(日本人はいない)は気味悪く思ったに違いない。

心配をよそに、何とか二人とも泳ぎきった! なんと健気な! 頑張る姿は美しい! と思わず涙ぐむ母(子どもがクロールしている時の、腕を上げてるところって、ものすごく可愛い)。お兄ちゃんも「あら、本番には強いのね」と思うほど、体勢を持ち直しているように、見えた。

「なーんだ、ひょっとして二人とも受かっちゃっうという、どんでん返し?」とニタニタしていたら、世の中そんなに甘くない。

二人が手に持ってきたのは、今と同じクラスの入会申込書。「惜しかったけど(これは決まり文句だと学んだ)、二人ともまだキックが弱すぎる。まだ小さいし(確かに! 二人とも私よりずっと泳げてすごい)、今のクラスでもう一度頑張った方がいいでしょう」とのコーチの言葉。まあ、弟だけ受かるよりはいいな、と妙にほっとしてしまった。

会社を辞めて香港に来たばかりの時は、「今まで子どもたちをかまえなかったから、その罪滅ぼし」のようなつもり+自分もこれからは健康的な生活を! と張り切って、近所のプールに子ども達と通いつめ、お姉ちゃんが取り始めたレッスンも毎回見学して、後日「ここを練習したら」なんて細かく指導?していたのが効いて、テストはすべて1回で合格。

運動音痴な私に似ているはずのお姉ちゃんがそれだから、夫に似て運動神経がいい息子たちは、スイスイ行くだろうなんて、ほったらかしにしていたところもあったかも。

習い事も、数だけいろいろやらせっぱなしではなくて、やっぱり親が関わらないといけないよなーと反省!

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